みなさんはどう考えますか?

こんにちは‼
校舎長補佐の小畑です。
初投稿ということで、何を書こうかと考えていました。
私は大学で日本史を専攻し、歴史上の偉人達の言葉や行動に資料を読むことで触れてきました。
 

歴史とはどのように作られていくのでしょうか。  


投稿することに関して、これを見てくれた皆さんが「言われてみれば、そうかもしれない」とか「私はこう思う」「僕はこう思う」というような何かを考えるきっかけにしてくれればうれしいです。
 

常に歴史とはそうして作られてきたと私は思います。  


では初回の投稿なので、私達東進にもとても馴染み深い歴史上の偉人の言葉について自分なりの解釈を交えながら、みなさんと一緒に考えたいと思います。
 

その人物とは・・・・・・福澤諭吉さん  


誰にでもわかる説明をすると、1万円の人です(笑)


福澤諭吉2


ちょっと日本史を知っている人だと「学問のすすめ」を書いた人とか慶應義塾大学を創設した人とか思い浮かぶ人も多いと思います。
 

この福澤諭吉さんの「学問のすすめ」の一節を紹介します。
 

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」といへり。
 

この言葉も有名な言葉として、知っている人も多いと思います。アメリカの独立宣言を参考にしたとか、西国立志編という書物を参考にしたなどこの言葉の起源にも諸説あります。
 
この言葉の意味は、人はみな平等ですよと思っている人が多いと思います。


果たして、それはほんとうなのでしょうか?
疑問に思う人も多いと思います。  


福澤先生
「平等というのなら、なぜ貧富の差ができるのでしょうか。」「なぜ頭の良し、悪しがあるのでしょうか」「なぜ、背が高い人、低い人がいるのでしょうか」というように世の中には不平等だと感じることはたくさんあります。


では、福澤諭吉さんが言っていることは、机上の空論で間違ったことを言っているのでしょうか?
 


ここでこの文章の解説をしましょう。少し古文的になるのですが、かっこでくくったあとに ”といへり” と付いています。
これは、実際の学問のすすめにもついています。


その意味は・・・ ”といわれている” です。


要するに断定していないのです。
 

では福澤諭吉さんはこの言葉にどのような思いを込めたのでしょうか。
これはあくまで持論で、正解不正解があるわけではありません。
 

わたしの考えは、そういった結果の違いはどうして生まれたのかしっかり考えてほしいという思いが込められているのだと思います。
要するに、金持ちになる、頭が良くなる、貧乏になる、運動ができるようになる、といった”結果”が平等になるのではなく、そうなるための”機会”が平等に与えられているということだと思います。
自分がチャンスと思っていないことでも意外とそうだったりするものです。
正しい選択をしなさいとは言いません。
なぜなら、それは過ぎた後にわかるものだと思うからです。
ただ、チャンスはどこに転がっているかわかりませんよ。
そのチャンスをつかむかつかまないかで、平等不平等が決まるのだと私は思います。
そういった思いを、この一文に込めたのだと私は考えます。
 

福澤諭吉1


さてさて、長々と書いてきましたが、みなさんはどのように思ったり、考えたりされるでしょうか。
こういった偉人たちの言葉や行動に触れ、これからを生きる糧としていきたいですね‼
 

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池下駅前校 校舎長補佐
小畑 勇貴

2016年04月20日